第6章 モデル動物を用いたプログラム細胞死の解析—カスパーゼ経路の発見と生理機能
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三浦正幸, 殿城亜矢子
キーポイント
プログラム細胞死(アポトーシス)の制御機構は線虫の遺伝学的研究によって初めて明らかにされた
細胞死実行に必須であるカスパーゼを制御する分子は進化的に保存されている
しかし、それぞれの分子によるカスパーゼ活性化制御機構は種によって異なっている
哺乳類の細胞死研究からミトコンドリアの重要性が提唱されてきたが、線虫やショウジョウバエではその関与は未だ不明である
カエルやニワトリでプログラム細胞死が精力的に研究され、この現象が発生における形態形成に重要であることは認知されていたが、その遺伝的制御機構に迫る研究は行われていなかった
この状況を高いしたのは線虫を用いた細胞系譜の記載と遺伝学的研究
線虫の細胞死実行に必須のカスパーゼとその活性制御にかかわる遺伝子が哺乳類でも保存されていたことから、ヒトの細胞死がかかわる病態制御の研究が可能になってきた
細胞死は単に不要になった細胞の成体からの除去というだけではなく、積極的に周りの細胞に増殖シグナルを発することがショウジョウバエの遺伝学的研究から示され、モデル動物を用いた細胞死研究の新たな展開が期待される
1. 線虫を用いたプログラム細胞死の遺伝学的研究
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1-1. 線虫では特定の細胞が決められた時期に死ぬ
線虫はすべての個体発生がノマルスキー微分干渉顕微鏡下で生きたまま観察できる特徴をもっていて、この特徴を生かした細胞系譜の研究によって1つ1つの細胞運命が完全に記載された唯一の多細胞動物になった
1977年、SulstonとHorvitzは線虫の個体発生を記載した論文で、線虫では1090個の細胞が発生過程で生まれるが、必ず131個の細胞が特定の細胞系譜で特定の発生ステージにおいて失われるという重要な発見をした
線虫においては細胞死が発生過程で遺伝的にプログラムされていて、必ず決まった発生ステージで決まった細胞で起こることが示された
この発見によって、細胞が死んでいく現象の研究を、細胞分化と同様に細胞運命決定の制御機構という研究テーマとして遺伝学的に解析することが可能になった
1-2. 細胞死を制御するシグナル伝達遺伝子の解明
131個の失われる細胞は様々な細胞系譜(神経、上皮、筋肉、生殖系列)から由来するが、1983年にはこれらすべての細胞死に影響を及ぼす遺伝子ced-1, ced-2(ced: cell death abnormal)が同定された
細胞死が開始されると、その細胞は屈折率をました平たいボタン状の細胞としてノマルスキー微分干渉顕微鏡下で観察され、この変化に引き続き、死んだ細胞は周りの細胞に速やかに取り込まれて個体から失われていく
細胞死の開始から終わりまで約1時間で完了する
ced-1あるいはced-2遺伝子に変異をもつ個体では細胞死は起こるものの死んだ細胞は取り込まれずボタン状の細胞として数時間から数日にわたって個体中に残ってしまうことになる
この観察は、これらの遺伝子が死んだ細胞の貪食(engulfment)に関与した遺伝子であることを示している
これら変異体の表現型は、細胞死を調節する遺伝的カスケードの上流にあって細胞死の開始に関与する遺伝子を同定するのに役立つことになった
前述したようにプログラム細胞死の進行は早く、しかも胚の様々な部位で起きるために、それら全てに注目して細胞死が起きなくなる変異体をスクリーニングすることは容易ではない
ところが、ced-1あるいはced-2変異体では細胞死が起こったサインとしてボタン状の細胞が出現し、それらがしばらく個体の中に残ることになる
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ced-1変異をもつ個体に対してエチルメタンスルホン酸(EMS)処理をしてボタン乗の細胞ができなくなる個体をスクリーニングすることによって、貪食以前に起こる細胞死実行に関わる遺伝子を同定することが可能になると考えられた
その結果、1986年にはced-3, ced-4変異体が分離されてきた
これらの変異体の表現型はめざましく、すべての細胞死実行が阻害されていた
細胞死は起こらなくても線虫の個体発生に特に不都合はないようで変異体は131個余分な細胞をもって発生を完了することになる
線虫では遺伝的に異なった細胞の混じり合ったモザイク個体を作ることができるがced-3/ced-4変異をもつ細胞を野生型の細胞と共存させてもced-3/ced-4変異をもつ細胞は細胞死から免れることから、これらの遺伝子は細胞自律的に働いていることがわかる
つまり、線虫でのプログラム細胞死遺伝子は自殺を促すタンパク質をコードしていると考えることができる
後述するようにced-3はカスパーゼ(caspase)、ced-4はApaf-1と相同のカスパーゼ活性化因子をコードしていた
細胞死遺伝子ced-3, ced-4の活性は厳密に調節されていることが予想されるが、実際にそのような役割をする遺伝子ced-9が同定されている
ced-9活性が強まった機能獲得型の変異体では、細胞死が起こらずced-3, ced-4変異体と同じ表現型を示す
反対にced-9機能欠失型変異体では細胞死が過剰に起こり、その個体は胚の時期に死んでしまう
この変異体にced-3/ced-4変異体を二重にもたせると細胞死は起こらなくなることから、ced-9はced-3/ced-4の上流にあってこれらの遺伝子を負に調節していることが考えられた
ced-9遺伝子がクローニングされてその一次構造が明らかにされると、驚くべきことにこの遺伝子はヒトのプロトオンコジーン(がん原遺伝子)bcl-2と全体にわたって相同性のある(23%)ことが明らかになった
bcl-2はさまざまな刺激によって誘導される哺乳類のアポトーシスから細胞を守る働きをもつ遺伝子
さらにヒトbcl-2遺伝子を線虫で発現させることによって線虫のプログラム細胞死が部分的に阻害されることもわかり、bcl-2とced-9とは機能的にも相同な分子であることが明らかになった
線虫ではミトコンドリアに存在するced-9にced-4が結合しているが、プログラム細胞死を起こす細胞ではBH3 onlyタンパク質Egl-1が発現誘導される
その結果、ced-9/ced-4の結合がced-9/Egl-1に置き換わり、ミトコンドリアから離れたced-4がced-3と結合することでced-3が活性化され細胞死が実行される
線虫にはカスパーゼ阻害能をもつIAPファミリー分子がないために、細胞死実行制御にはCed-3活性化のステップでの調節が重要になってくる
2. カスパーゼ活性化経路と細胞死
1993年にCed-3とICEに相同性があることが発表されると、それ以降1996年まではカスパーゼファミリー探しが主としてデータベースをもとに活発に行われた
1996年にはこのプロテアーゼファミリーをカスパーゼ(caspase)として発表順に通し番号をつけて命名するという取り決めがなされた
Cはシステインプロテアーゼ、aspaseはアスパラギン酸の後で切断するというこのファミリーのユニークな特徴を示したもの
現在までに哺乳類では14種類が知られている
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すべてのカスパーゼは活性がないかあるいは非常に低い活性をもつ前駆体として翻訳される
N末端からプロドメイン、P20、P10をコードするサブユニットから成るが、プロドメインの構造と基質特性からサブタイプに分類することができる
長いプロドメインはタンパク質間相互作用を行うCARD(caspase recruitment domain)あるいはDED(death effector domain)から構成されていてDEDあるいはCARDに他のアダプタータンパク質が結合することによってカスパーゼが凝集し活性化する
これがカスパーゼカスケードの開始シグナルとなる
短いプロドメインをもつcaspase-3, caspase-6, caspase-7は上流のカスパーゼ(イニシエーターカスパーゼ)によって活性化される酵素活性の強いカスパーゼであり、これらが活性化されるとさまざまな基質が切断されて細胞死の実行がなされる
Wangらの生化学を用いたcaspase-3活性化因子探索によって哺乳類カスパーゼの活性化経路が明らかにされた
WangらはHela細胞の細胞質画分抽出液にハムスターの肝臓由来の核を入れ、dATPを加えるとcaspase-3が活性化され核凝縮が起こるというin vitro細胞死アッセイ系を作り上げた
dATP依存性のcaspase-3活性化に必要なタンパク質をHela細胞の細胞質画分抽出液から精製し、3つのApaf(apoptotic protease activating factor)がcaspase-3活性化に必要なことを示した
Apaf-1はCed-4ホモログ、Apaf-2はシトクロムc、Apaf-3はcaspase-9
細胞死シグナルを受けた細胞ではシトクロムcがミトコンドリアから細胞質へ放出され、アダプター分子Apaf-1と複合体を作ることによって活性化される
そこにcaspase-9がリクルートされ多量体化されることで活性化される
線虫のced-4はApaf-1とホモロジーをもつ分子であるがシトクロムcを結合するWD40リピートを欠いている
ショウジョウバエApaf-1にはWD40リピートが存在しシトクロムcを結合することから、シトクロムcを介するカスパーゼ活性化機構は進化的に後から獲得されたと考えられる
しかし後述のようにショウジョウバエではカスパーゼの活性化にシトクロムcを必要とするデータは得られていない
Apaf-1/シトクロムc/caspase-9から成るアポトソーム形成がカスパーゼ活性化の主要経路と見られてきたが、この経路の役割がApaf-1とは結合できないが、電子伝達系への影響はないシトクロムc変異体をノックインしたマウスを作製して調べられた
その結果、Apaf-1依存的、しかしシトクロムc非依存的な細胞死が生体には存在しない
一方、ショウジョウバエでは細胞死の開始にシトクロムcは必要とされず、分子機構は明らかにされていないがDapaf-1/Droncによって恒常的にカスパーゼの活性化がもたらされている
CARDドメインをもつカスパーゼはApaf-1以外のCARDドメインと結合するアダプタータンパク質によっても多量体化して活性化されうるので、生体ではアポトソーム以外のカスパーゼ活性化経路がメインに機能していることもあるだろう
caspase-1はCARDをもつNALP1/ASCとcaspase-5との複合体によって、またcaspase-2はRAIDD(デスドメインとDEDをもつアダプター)との複合体によって活性化される
→11. DNA損傷に伴ってcaspase-2を活性化するタンパク質複合体PIDDosome
FasやTNFに代表される細胞死因子におるカスパーゼの活性化は細胞死レセプターの直下に形成されるFADD(デスドメインとDEDをもつアダプター)とcaspase-8の複合体によって活性化される
3. ショウジョウバエを用いたプログラム細胞死研究
ショウジョウバエは線虫と並ぶ遺伝学的研究に優れたモデル動物
細胞死に関して言えば、線虫では細胞死が起きなくても個体の生存には支障はないが、ショウジョウバエには致死になる
また、線虫のような細胞系譜依存的な細胞死は一般的ではなくて、哺乳類を含む他の動物では細胞死と土曜に細胞間相互作用が細胞の生死決定に重要
よって、ショウジョウバエをモデルとして細胞死を研究することで線虫とは異なった細胞死調節機構の局面を明らかにすることができると期待される
マサチューセッツ工科大学のStellarグループ(現在はロックフェラー大学)は染色体欠損領域をもつ変異体胚の細胞死をアクリジンオレンジ染色によって簡便に観察する方法を用いて細胞死に異常が認められる変異体をスクリーニングした
その結果、H99と呼ばれる染色体領域が胚の細胞死には必要で、ここが欠損すると胚の細胞死が起きないことを明らかにした
この染色体欠損領域にはreaper, hid, grimという少なくとも3つの細胞死誘導遺伝子がコードされていた
これらのうちどの遺伝子を過剰に発現させてもカスパーゼ依存的な細胞死が誘導される
Reaper, Hid, Grimはカスパーゼ阻害分子Drosophila IAP1(DIAP1)に結合し、競合的にあるいはDIAP1の分解促進を介して活性化カスパーゼを遊離し細胞死を誘導することが示された
Reaper, Hid, Grimホモログは他の生物では見つかっていないが、ヒトでは細胞死刺激を受けた細胞のミトコンドリアから放出されるSmac/DiabloやHtrA2/OmiがIAP-binding motif(IBM)を介してIAPに結合し、カスパーゼ阻害活性を抑制することが示されており、機能的にはショウジョウバエと同じような活性型カスパーゼの制御機構があると考えられる
diap1変異体は線虫におけるced-9変異体のように胚期での細胞死が劇的に亢進し致死になることから、Diap1依存的なカスパーゼ抑制機構がショウジョウバエ細胞死制御に重要
リバースジェネティクスを用いて、カスパーゼ、Apaf-1、Bcl-2ファミリー遺伝子が相次いで同定され、その変異体やRNA干渉(RNAi)法を用いた解析によってショウジョウバエ胚の細胞死にはカスパーゼDronc(caspase-9ホモログ)、Dapaf-1(Dark/Hac1)およびBcl-2ファミリー分子Drob-1(Debcl/dBorg-1/dBok)が必須であることが示された
ヒトでよく解析されているTNFやFasなどのいわゆる細胞試飲しによる細胞死実行経路は、ショウジョウバエではリガンドEigerとその受容体Wengenが同定されて分子的な保存性が示されたが、その細胞死はJNK依存的であるがカスパーゼには依存度が高くないなどの違いがある
線虫ではまだこの経路は明らかにされていない
4. 細胞死経路と生理機能の進化的保存性と多様性
すべての細胞死主要構成因子は進化的に線虫・ショウジョウバエ・ヒトに存在するが、作用機序を考えると前述のように線虫、ショウジョウバエ、哺乳類では少しずつ異なる作用様式をもつことが明らかになってきた
また、細胞死が細胞系譜で決定され個体の生死に関与しない線虫と、細胞社会の中で生死が決定され、その破綻は個体死になってしまうショウジョウバエや哺乳類とでは細胞死の生理機能も異なると考えられる
線虫での細胞死の意義は不明であるが、進化過程で遺伝子が重複したのと同じように、スペア細胞が生み出されて今は生体にとって不必要なため、細胞死によって除去されているが、将来このようなスペア細胞が新たな機能を持つことも考えられる
ショウジョウバエにおいては細胞間相互作用の点から興味深い観察がなされている
死んでいく細胞から周りに細胞増殖シグナルが発せられ、減少した細胞を補う代償増殖のメカニズム
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哺乳類での発がん機構にも通じるもの
→15. 細胞死が組織のサイズを制御するメカニズム
カスパーゼの細胞死以外の機能に関しても興味深い知見が得られている
→16. 細胞遊走におけるIAPとカスパーゼの役割
→17. カスパーゼ阻害でハエの背中の毛が増加
→第7章 プログラム細胞死と神経変性疾患